岩手県の浄法寺町(現二戸市)は、瀬戸内寂聴さんの講話で有名になりましたが、寂聴さんが住職を務めた天台寺は東北最古の名刹で、浄法寺漆器は、この天台寺が建立された1200年前に、僧侶が寺の什器として作り始めたのが起源とされています。

三内丸山遺跡から出土した縄文時代の漆が浄法寺産のものであったり、金閣寺の修復を可能にしたのが浄法寺漆であったことなどから、近年浄法寺の漆が注目されてきましたが、もともと浄法寺は日本最大の漆産地でした。

この古来よりの良質の漆の産地であったことを背景に、寺の什器作りの技術が民間に伝えられることによって、浄法寺は地元漆を使った一大漆器生産地となり、「浄法寺塗り」は、日常使い用の器として全国津々浦々の庶民の生活を支えてきました。

ところが、浄法寺漆器は、庶民使い用として発展してきたため、プラスチック製品が普及した1960年代には、他産地のように高級品として生き残ることもできず、またたくまに壊滅してしまいました。

それから20年近くを経て、現代の日常使いの漆器として浄法寺漆器を復活させたのが、浄法寺漆器工芸企業組合を設立した、岩舘正二さんと息子の隆さんでした。
ベテランの漆掻き職人だった正二さんと、父の掻く漆で浄法寺塗りを復活させたいという隆さん、この二人の熱意によって浄法寺漆器が蘇り、いまでは、若い塗師たちも育ってきています。

このような浄法寺漆器ですから、決して高級工芸品ではありませんが、20工程を超える下地処理が丁寧に行なわれた日本古来の漆器であることは間違いありません。そして、漆器というものは、本来何度でも修理が可能で、100年使ってもおかしくない程丈夫なものなのです。
私たちも、30年前に岩舘さんと出会って以来、何度か塗り直していただきながら、毎日使い続けています。

何の飾り気もない、しかし、日常使いとして完成された形と国産漆ならではの色艶が、日々の食生活を豊かなものにしてくれます。

岩舘さんは、毎日使う食器として多くの人たちに愛用してもらうために、通常は、下塗り、中塗りには、あえて浄法寺漆を使わず、良質の中国漆を使用することによって、価格をできるだけ安く設定しています。塗りの工程を手抜きすることなく中国漆によってしっかりと下地を作り、浄法寺漆で仕上げることによって、漆器本来の堅牢さと同時に国産漆ならではの落ち着いた質感が生まれ、使い込む程に透明感のある輝きを放ってきます。

エルデでも、ご希望の方にお分けしています。


岩舘隆さんの作る漆器




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