NPO法人 靴総合技術研究所

 NPO法人靴総合技術研究所は、ドイツ整形外科靴技術を「日 本人の足のための靴技術」として普及することを目的に活動しています。
 靴総研は、2003年以来、ドイツ整形外科靴マイスター(OSM)カール=ハインツ・ショッ トに直接学んだ技術者を中心に活動を継続しています。

靴総研の歩み

 靴総研が活動を開始した当時は、1980-90年代を通して「日本人の足のトラブル」が顕在化し、それへ対処できる靴として「ドイツ健康靴」が一大ブームとなっていました。
 そして、ドイツ靴の普及とともに、それを担った輸入業者によるマイスターの招聘を伴ったドイツ整形外科靴技術の紹介が積極的に行なわれ、輸入靴の販促を主目的とした講習等も盛んに行なわれていました。

 そのような状況の中で、カール=ハインツ・ショットに学んだ技術を本当に日本に普及させていくためには、当時としては一般的だった「ドイツ健康靴による足のトラブルへの対処」 だけでは限界があるという問題意識を持った有志によって、靴総研の活動は始まりました。

 当時は、ドイツ本国のメーカーが日本を新規大市場と期待するほどのドイツ靴ブームの中で、健康靴だけではなく多様なメディカルシューズも大量に輸入され、 ショットから学んだ技術を活かすための靴の入手も比較的容易ではありました。
 しかし、それでも、個々のトラブルへのきめ細かい対処にとっては、その時々の輸入業者の都合に左右される輸入靴への依存の限界は明らかでした。

 さらに、当時は、「医師や患者のニーズに合った靴型装具が提供されるチャンスはむしろ稀」(※)という医療・福祉現場の実情を背景に、 既存の靴型装具よりもドイツ靴の方が受用者の満足度が高いことから、輸入健康靴が「補装具交付基準」と乖離したまま「靴型装具」として容認される、という事態が現実化していました。
 (※) 川村一郎「我が国の整形外科靴支給制度の現状と問題点」
   『日本義肢装具学会誌』Vol.9 No.3 1993 所収。


 このような現実に対して、それぞれの会員技術者がドイツ輸入靴等で日々の業務を遂行しつつも、同時並行して、以上の2点に関しての対処を行なわなければ、 ショットから学んだ技術を「継続して日本人の足のために活かし続ける」ことはできない、との共通認識のもと、

(1) 自分たちが提供できる技術のために必要な靴が、 いつでも入手できるように自前で開発・生産する、

(2) 加えて、公費支給の「靴型装具」として提供する靴は、既製靴の転用ではなく、「交付基準」に準じて個別に製作しても事業が成り立つシステムを構築する、

 という、二つの課題を靴総研として設定することにしたのです。

 そして、その課題に取り組んで十数年、幸い、多くの理解者、協力者に巡り会うことができ、着手後 5 年にして国産第一号の生産が始まり(2008年)、それ以後、 ドイツ輸入靴を使わずに、自前の靴を日々検証、改良しながら提供することで、多くの受用者に喜ばれるとともに、私たちの技術に関心を持つ医師たちからも高い評価を得て、今日に至っています。

「靴型装具」をめぐって

 近年、「靴型装具」をめぐる「不適切」問題が話題となっていますが、当時私たちが、カール=ハインツ・ショットから技術を学びつつ常々感じていたことは、外反母趾等に多い、 歩き方や靴が原因のトラブルへの対処はともかくとして、リウマチによる変形や痛み、各種の麻痺による歩行困難といった、明らかに足部の疾患や障がいによる症状への靴による対処が、 医療専門職である義肢装具士によって充分になされていないにも関わらず、一向に改善されないのはなぜなのか、という事でした。

 ある人たちからは「技術そのものが日本にはない、だからドイツの技術でやらなければ」と言われ、また、前出の川村氏のように、義肢装具士の立場からは「良いものを供給しようとしても、 厚生省の交付基準では作れない、まともに作るには二倍の費用がかかる」と言われていました。

 私たちは、どちらも一理あるのだろうとは思いましたが、当時の私たちとしては、ショットが自ら開発した靴やドイツで選定してきた靴を使い、ショットから学んだ技術で加工すれば、 軽度なトラブルはいうまでもなく、「どこで装具を作っても履けない」という変形や麻痺で悩んでいる方達にも、かなりの程度に対処でき、そして、そのような靴を「本人が満足できるのだから」 との理由で更生相談所の判定員が「靴型装具としての見積書」を作成するように指導するという状況の中で、現実対応として、本来なら義肢装具士が提供すべき「靴型装具」の代わりに、 補装具の基準では「靴型装具」ではなく「加工靴(補正靴)」とでもいうべき、私たちの靴を提供することになったのです。

 言うまでもないことですが、私たちの多くは、医業に関われる有資格者ではありませんので、どのような場合であっても医行為となる業務を行なうことはありませんが、私たちがショットから学んだ靴の技術は、 障がいや疾患がある人もない人も、痛みがある人もない人も、誰もが日常生活で長く歩き続けられる靴を提供する技術ですから、義肢装具士法が想定するような 「超早期リハビリテーションに必要な手術直後の患者のため」の靴等はもちろんのこと、医行為を伴う業務を前提しなければならない靴の提供は、一般的に想定されていません。

 ですから、私たちが私たちの技術で、障がいや疾患のある方達の要望や、医師の要請にしたがって、私たちの靴を「靴型装具」として提供することが義肢装具士法はもとより、 どのような医療関係法にも抵触しないことは明確でしたが、ただ、身体障害者福祉法に規定される補装具の一つである「靴型装具」の提供に際しては、厚生省告示の基準に従わなければならない以上、 障がい者、患者の権利を優先した福祉行政現場での現実的判断によるものであるとしても、私たちとしては、基準からの逸脱を放置し続けるわけにはいきませんでした。

 もちろん、この場合は、私たちの靴の実際の価格を確認した上での判定員の判断に基づく「見積書」の作成である以上、その価格が「受託報酬額」の基準額から乖離しているわけではありませんので、 昨今話題となっているような「不適切」とは違うのでしょうが、それにしても、靴自体が、交付基準の規定する「靴型装具」のように製作されたものではない、 という現実に目を瞑るわけにはいかなかったということなのです。

 そこで、私たちは、川村一郎氏のように、日本における補装具提供の本来の主体である方達が、靴型装具をめぐる現実を直視し、現状の改善に努力しているわけですから、 現状の基準やその前提となっている従来の日本の技術に関しては、私たちの立場からは批評すべきことではないと心得、もっぱら、私たちの提供する靴を「靴型装具」として必要とする方達の要望に応えるために、 補装具製作基準との乖離を避けて供給できるシステムを構築するという、現実的対処に専念することになりました。

私たちの提供する「靴型装具」

 私たちは、カール=ハインツ・ショットから学んだ技術を生かすために必要な靴を、自前で開発・生産してきたわけですが、それは、JIS規格に基づく標準木型とは全く異質な、 その意味では「特殊な木型」を多様に開発し、それらによって私たちにとっての標準靴を、それも多様な機能性に規定される多様なデザインで製品化することで達成されてきました。

 それらの標準靴は、私たちが「足の保健靴」と呼んでいる「日本人の足の健康のために、誰にでも履いてもらいたい靴」から、強度の変形に対応するためのものや、 麻痺などの機能障がいに対処できるもの等々、極めて特殊な多様な靴まで、それぞれの機能性に対応して、それぞれの基準となる靴ですので、その標準靴の生産体制が整えば、 それらを基準に一人一人の個別性に応じて修正を加えたカスタムメイドの靴を、個別に生産することも、比較的容易に可能となるのです。

 もちろん、そのためには、標準靴そのものが、日々、検証され、修正・改良され、多様化されていかなければならないのは当然ですし、その標準靴を個別の指示にしたがって修正し、 個人用にカスタマイズされた靴として個々に生産できる技術者の存在はもちろんのこと、何よりも、それぞれの標準靴の機能性を熟知し、またショットから学んだ技術を継承して、 顧客一人一人の足・脚の状態を把握し、歩行にとって最良の靴となるようなカスタマイズの指示を出せる技術者の存在が、前提されなければならないのはいうまでもありません。

 私たちは、このような体制を構築することによって、日本の装具技術が想定する「靴型装具」とは異質ではあっても、医療・福祉現場で「足部・脚部の疾患の治療に役立ち、 機能障がいを補う」という意味ではそれと同質の靴を、補装具製作基準における「靴型装具・整形靴」の規定に準拠する形で、それも、基準価格と乖離することなく提供できることになりました。

 十年以上にわたって、このような「靴型装具」を提供し続けてきた私たちとしては、昨今話題となっている義肢装具士自身による補装具製作基準からの逸脱については、 全く別世界のことであり、特に批評することでもありませんが、四半世紀も前に「靴型装具に関する問題性」を鋭く指摘した川村一郎氏の提言が、その後の義肢装具業界の中で、 どのように生かされてきているのかについては関心の残るところではあります。

「足の保健靴」と「カスタマイズ専用靴」

 ともあれ、私たちの事業は、「靴と西洋式歩行」の日本への普及のありように規定された、現代日本人の「足と靴の問題性」への対処として、カール=ハインツ・ショットから学んだ技術によって、 日本人一人一人に「足の保健に役立つ靴」を提供することですから、事業の対象は、足・脚に障がい、疾患の有る無しに関わらず、また老若男女に関わらず、 靴を必要とするすべての日本人です。

 したがって、私たちの事業にとっては、私たちが靴を提供する人たちが、「障がい者」として公的に認定されているかどうか、また、医師が「罹患者」として認知しているかどうかということは、 直接関係しません。一人一人の足・脚の状態や立位、歩行の状態を前提に、「個々人の足の保健に最も適した靴」を提供するという意味では、「障がい」「疾患」があるかないかが問題なのではなく、 一人一人の違いが問題であるにすぎません。

 その上で、私たちの提供する靴が、その人に支給されるべき「更生用装具」として公的に認められたり、また、その人の主治医にとって治療に役立つ「治療用装具」と認知されるとき、 初めて、補装具判定に基づく指示や医師の製作処方の指示を満たし、かつ補装具製作基準に準拠して製作される「靴型装具」として提供されることになるのです。しかし、私たちにとっては(靴を使用する人たちにとっても)、 それらの「靴型装具」が一人一人の「足の保健に最も適した靴」として提供されていることの、以上でも以下でもありません。

 ですから、「靴型装具」として提供される靴が、補装具製作基準に準拠するものとして、一人一人に個別に製作されることは当然のことですが、私たちにとっては、それは、 装具として提供されるかどうかに関わらず、必要に応じて、標準靴を基準に、個別に製作して提供する「カスタマイズ専用靴」の一つにすぎないのです。

 こうして、私たちは、そのまま履くことのできる「日本人の足の健康のために、誰にでも履いてもらいたい足の保健靴」と、「足の保健靴」では対応が困難な人たちのために、 多様な標準靴を基準に、個々人のために個別に製作する「カスタマイズ専用靴」とを、会員技術者の要請に応じていつでも供給できる体制を整えることによって、 障がいや疾患の有る無しに関わらず「一人一人の足の保健に役立つ靴」を、カール=ハインツ・ショットから学んだ技術で提供することが可能となってきました。

 15年にして、ドイツ整形外科靴技術を「日本人の足のための靴技術」として普及するという、当初の目的をほんの少しは達成できたように思えます。


靴総研15年の歩み
< 2003 - 2018 >

2002年 ・3月にNPO法人の「設立趣旨」を公表し、設立に向け準備開始。
・カール=ハインツ・ショットの技術を日本の制度の枠組みの中で活かすために、澤村誠志氏、黒田大治郎氏、西脇創一氏を講師に招き、日本における福祉をめぐる現状(特に補装具の制度等について、北欧の事情等との比較も含めて)を学ぶ。
・ドイツ整形外科靴技術を、日本の制度との整合性を図りつつ、足部・脚部の障がい者、罹患者をも含めた「全ての日本人の足のための靴技術」として普及するための指針を作成。
・10月28日「特定非営利活動法人 カール=ハインツ・ショット 足と靴の科学研究所」として発足。

2003年 ・ドイツ整形外科靴技術を「日本人の足のための技術」として普及するための第一歩として「日本人用の標準的なフットベッド」の開発に着手。
開発過程で、白木仁筑波大学教授、足立和隆同准教授、下條仁士医学博士(現 下條整形外科院長・筑波大学元助教授)の協力を得る。

2004年
・カール=ハインツ・ショットの頻繁な来日が困難となり、名称変更を伴う組織再編を行なう。
・安部嵩氏の協力を得て、日本人の標準的な足の骨格に対応したアーチ・サポートを備えた「日本人用標準フットベッド」を製品化。
・福岡県立大学生涯福祉研究センターの依頼により、講師派遣。

2005年
・「日本人用標準フットベッド」に関して、立位時、歩行時の足底圧の分散効果等の足痛を予防・緩和する機能性が、白木 仁教授、足立和隆准教授によって学術的に検証される。 また、外反母趾、開張足等に対する予防効果、改善機能が、下條仁士医学博士によって臨床的に検証される。
・福岡県立大学生涯福祉研究センターの「福祉のまちづくり基本構想」(大学内外の状況変化により、2006年末に終了)に協力。
・有限会社マイスターの崎村正博社長(ドイツ・シューマッハー・マイスター)の協力を得て、ドイツ輸入靴に代わる多様な保健・福祉・医療用の靴の開発に着手。

2006年
・「日本人用標準フットベッド」に関して、通気性、吸湿性により靴内環境を良好に保つ機能性が、足立和隆准教授によって学術的に検証される。

2007年
・福岡県立大学付属研究所生涯福祉研究センターの「足と靴の問題性と福祉拡充に関する総合的研究プロジェクト」に参加し、 日本人の「足と靴」の問題性の解明から足部・脚部の疾患・障がいへの対処に至るまでの「足、歩行、履物」に着目した総合的な福祉拡充のための共同研究を開始 (2016年のプロジェクト終了までの10年間に、保健靴、子供靴の開発とその効果の検証、「日本人の足と靴の問題」へ対処できる人材育成、さらに「足と靴の相談室」の運営協力等、多くの共同活動を行う)
・福岡県立大学生涯福祉研究センター主催の「足と靴の相談技術者養成講座」開催に協力。以後、福岡県立大学との共同事業として、カール=ハインツ・ショットから学んだ技術の継承者の養成を開始。

2008年
・メディカルタイプ標準靴を製品化。
・福岡県立大学での整形外科医と連携した「足と靴の相談室」開設に伴い、患者への靴型装具等の提供に協力開始(プロジェクト終了後も2019年3月閉室まで継続)
・NPO法人福祉でまちがよみがえる会(大牟田市)主催、福岡県立大学出前講座「足の健康講座」「足と靴の相談技術者養成講座」に協力。以後2012年まで、それらの講座に加え「加工技術者養成 講座」等の多様な講座の実施に協力。
・福祉でまちがよみがえる会が大牟田市内に開設し、新規会員技術者が担う「足と靴の相談室」の事業開始に協力。
・製品化される多様な靴の継続的な開発、生産と会員技術者への供給を行うための事業体を、福岡県立大学関係者、有限会社マイスター、福祉でまちがよみがえる会等の福岡県内の人士の協力を得て、 合同会社AMSTW(福祉の靴技術社)として設立。

2009年 ・「日本人用標準フットベッド」を「」の商標で本格生産開始(韓国企業への委託)
・福岡県立大学付属研究所主催「第1回 足の健康講座」の開催に協力(以後、プロジェクト終了まで計7回毎年協力)。
・メディカルタイプ標準靴の多様な製品化による「カスタマイズ専用靴」の供給体制の整備に着手。
・「日本人の足と歩行の特殊性」に対応した「日本人のための歩行具としての靴」=「足の保健靴」の製品化。

2010年
・福岡県立大学のプロジェクトにおいて、メディカル仕様の「足の保健靴」(FPU靴=AMS)の開張足に対する予防・改善効果を学術的に検証。
・福岡県立大学のプロジェクトでの「子供の足の成長に適した本来の子供靴」の開発に参加。「子供靴用標準フットベッド」開発着手。
・標準フットベッド()を国産化するための事業体(株式会社O.A.S.)の設立に協力。

2011年
・子供用標準フットベッド完成。引き続き、子供靴開発に着手。
・多様なフットベッド()の国内生産開始。

2012年
・手縫い底付け製法の「足の保健靴」を「AFW・coupen」の商標で本格的に生産開始。
・福岡県立大学のプロジェクトにおいて、子供用フットベッドの外反扁平足等への対処機能等を検証。
・福祉でまちがよみがえる会が主催する「足と靴の相談・販売技術者養成講座」への協力(以後、2018年まで継続)

2013年 ・「子供の足の成長に適した本来の子供靴」完成。機能性の検証に着手。
・スニーカータイプ(13.0-21.5)、革靴タイプ(11.0-21.5)の2種類の子供靴の製品化。
・メディカル仕様のスニーカータイプの「足の保健靴」完成。

2014年 ・2種類の「足の保健靴」(AFW / AMS)および「カスタマイズ専用靴」の会員技術者への供給体制確立。

2015年 ・福岡県立大学プロジェクト最終年度事業(子供靴の検証結果を日本子ども学会第12回子ども学会議にて報告、「足の健康講座」最終回の福岡市内開催等)に協力。

2016年 ・福岡県立大学プロジェクトの「足の健康講座」を引き継いだ、福祉でまちがよみがえる会主催の「足と靴の啓発講座」に協力(以後、継続中)。
・福祉でまちがよみがえる会主催の「足と靴の相談・販売技術者養成講座」修了者の自主的研修への協力の開始(以後、継続中)。

2017年 ・九州沖縄形成外科学会学術集会の依頼により、講師派遣。

2018年 ・「日本人の足と靴の問題性」への対処に本格的に取り組むために、合同会社AMSTWの「足の保健靴」の販売拡大に着手。
・義肢装具業界による「治療用装具としての靴型装具」の療養費請求の不適切問題に関連して、「日本における足部・脚部の障がい、疾患への靴による対処の現状」について見解を表明。
・福岡県立大学「足と靴の相談室」最終年度にあたり15年に及ぶ福岡県立大学への協力を終了(2019年3月末)。


相談室 TOP 

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