難しいエコロジー靴生産

エコロジー健康靴の頂点を極めたManfred Ehrgott

Manfred Ehrgott

エルデでは、創業から間もなくの時期(2000年前後)に、今では考えられない「幻のエコロジー靴」とでも言うべき靴を扱っていました。当時からのお客様の中には、今も大切に履き続けて下さっている方もおられますが、それは、Geo のマークの入ったManfred Ehrgott社の靴です。

  Manfred Ehrgott社の代表、エルゴット氏は、高校生時代(1960年代)に出会ったある教師のエコロジーの考え方に共鳴し、それが彼の人生の原点になりました。

ナポレオン戦争以来の伝統を持つ靴の街ピルマゼンスで育ったエルゴット氏は、やがて靴のデザイナーとなり、友人とともにスポーツシューズメーカーを起こします。

 ところが、自らの作る靴が、素材・製法ともにあまりにも人間と環境に破壊的に作用しているという現実が、彼を悩ませ続けていました。それは、1970年代のことでした。

  何とかしてエコロジカルな靴が作れないか。どのようにすれば、エコロジカルな靴が作れるのだろうか。試行錯誤の末、たどりついたもの、それは伝統的な製法への回帰でした。

 彼は言います、「新しいことは何ひとつなかった」と。彼はエコロジカルな靴の製法の開発を試みました。しかし、画期的と思われた製法はいずれも、それまでに完成されていた伝統的な製法を越えるものではなかったのです。

 しかし、時は1980年代後半、すでにドイツでは、そのような伝統的製法での生産が可能な工場は皆無でした。当時のドイツでは、その後日本にも紹介される「健康靴」をはじめとした優れた靴が供給されてはいましたが、それにしても、それらは量産を前提に市場の要請に対応できる新しい素材と製法によるものでした。 

 本物のエコロジー健康靴を作るには、素材の生産から、製靴の過程まで、そのすべてを伝統的な技術に裏付けられた製法によるしかない、と結論づけたエルゴット氏にとっては、すでにドイツは「近代化」し過ぎていたのです。

 生産を諦めかけていた時、伝統的に靴産業が盛んであったハンガリーの政治・経済体制が変わります。そこでエルゴット氏は、伝統的な多様な製靴法をそのままに、国営企業として生産規模を大規模化した工場がそのまま残存しているハンガリーに着目し、全土に散在する製靴工場を訪ね歩き、自ら構想していた各種の伝統的製法によるエコロジー靴の生産に目処をつけることができたのです。

 こうして、大量生産靴に多用される化学薬品、有機溶剤、接着剤を最大限に排除するために必要な、伝統的製法による生産が可能となり、自ら厳選した、伝統的なめし法による植物タンニンなめし革、天然ゴム、無農薬栽培コットン、コルク、ブナ材、ノンニッケル金具などを持ち込んだ、ハンガリーでのGeoの生産が始まりました。

 ヨーロッパを中心にエコロジー運動が高揚する90年代、そこへ画期的なエコロジー靴が登場したのですから、それは多くの人たちから注目されることになり、Geoブランドはエコロジー靴の代名詞になりました。そのような、販売・生産も順調に推移していた時期に、私たちもGeoを知ることになり、1998年にピルマゼンスのエルゴット氏を訪ね、取り扱いが始まりました。

 ところが、後で知ったことですが、その頃、すでにエルゴット氏は、自分の事業の先行きを悲観的に見ていたようです。それは、一つには、エルゴット氏が求める100パーセントエコロジカルな革は、ドイツでも入手が困難になり、当初のような様々なデザインの靴を生産することが難しくなってきていました。そして、ハンガリーの工場でも、外国資本の参入もあいまった急速な資本主義化に伴い、従来の伝統的製法(それもエルゴット氏の求める厳格な基準での)への固執が難しくなってきていたのです。

 そうした中で、決定的なことが起こります。

 従来、Geoをエコロジー靴の代名詞として、支持者に推奨し、運動の資金集めのための通販でGeoを取り扱っていた有力な環境保護団体が、エルゴット氏の知らないところで、より安価な「エコロジー靴」の生産を他企業に依頼し、Geoの取り扱いを中止するということが起こりました。

 確かに、その頃のドイツでは、エコロジー運動の高揚の中で、Geoに先導されもして、「エコロジカルな靴」もブームになり、ある程度のエコ基準になら対応できる量産品も出回り、安価に買い求めることができるようになってはいました。

 その結果、エコロジーシューズの草分けだったGeoは、その徹底したエコロジーへのこだわりと、同時に、エコロジーのためだからと言って靴の機能性を犠牲にはしない(だから伝統的製法にこだわる)、という非妥協性の故に、本物志向の極少数のユーザーだけが求める希少靴になり始めていました。

 それでもエルゴット氏は、生産できる限りは続けるつもりで、私たちの希望するハンガリーの工場見学も実現していたのですが、やはり、環境保護団体までがコストを優先する社会意識の変化には大変な衝撃を受けたようで、「貴重な革の在庫は2万足分確保しているが、需要がない以上生産は行わない、本物を求める人たちからの要望があれば再開するが、売るための安易な妥協はしない」との言葉を残し、2001年には生産を止め、ついに再開することはありませんでした。

 当時も、市販の靴を履くことが出来ない化学物質過敏症の方が、Geoを求めてエルデに連絡され、「履ける靴があった」と喜んで下さっていましたが、以上ような事情で、今日では、需要はますます増えているにも関わらず、「本物のエコロジーシューズ」は「幻の靴」になってしまいました。

 Geoが入荷しなくなった後は、それまで「Geoの手入れのためにはこれしか使うな、他の製品は革にも体にも良くない」と言われて、Geoと一緒に輸入していたTapirの革ケア用品のみを、エルゴット氏の紹介で取り扱うことになりました。

 その後、 私たちは、新しい靴を開発するたびに、エルゴット氏の靴と同じにはならないまでも、できることがあれば少しでもエコロジカルな靴をと、心がけてはきましたが、20年前のドイツでも困難だった本物のエコロジー靴を、現在の日本で生産することは、やはり「叶わぬ夢」でした。 

 それでも、せめて革だけでもGeoに近付けようと考え、100%植物タンニンでのピットなめしにこだわっている栃木レザーの革のみを使った靴を、生産できるまでにはなりました。 

 Geoを知っている私たちとしては、とても「エコロジー靴」と呼べるものではありませんが、ドイツを含めて今日の靴市場で「エコロジー」を謳っている靴の水準よりは、エコロジカルさにおいても、靴本来の機能性においても、優れているものと思っています。

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